瞼の奥でツンとした感覚が神経を走った。痛みにも似たそれはじわじわと広がり、血潮を透かす。
ゆっくりと浮上する意識に引っ張られ目覚めた自我が瞼の裏から光を見ていたのだ。
 存在を知覚した頃には瞼の中に、また瞼の開いた自分が立っていた。故に、目を逸らすこともできずに見つめていたのである。
取り分け何かを意味して希望の象徴に見えるわけではないし、誰かの後ろ姿でもない。ましてや欠けた記憶の像でもない。
ただ、虫が光に向かって走るように、植物が日を追って伸びるように、まるで摂理に操られて指先を伸ばす。
そして、向かい合う姿に相違点をあげるとすれば、と、思考はどちらかといえば行動している己を茫然という表現に近いかたちで俯瞰している。
常日頃から身だしなみを整える際に鏡とは向き合っているものの、向き合う顔は見慣れた反射の忠実をした己よりも暗く、目元はこの世の終わりのように落ちくぼんでいた。
身体が冷たく透き通っている。指は通り抜け、姿が重なるも触れることはない。
根拠もないというながらその考えに固執するほどに"振り返ること"が何よりも恐ろしいことのように思えていた。

 これは夢だ。
 はっ、と、して天井の梁を見る。
シェードの中に照明の光が灯らない天井はぼんやりと色葉を見下ろしていた。
 身体を動かすことなく何度か瞬きだけをすると、ぼやけた視界が少しずつひとつのかたちへ集まり明瞭なすがたになっていく。
梁は正しく像を結べば目覚めの瞬間に見たそれよりは一本いっぽんが細身であったし、飾り棚の瓶はひとつ少ないことが真実だ。
ぼやけて重なった視界の中でもうひとつと認めていたそれはあまりに現実的なまやかしだったのである。
 不思議な感覚だ。
疲れ目の一種であろうが、今この瞬間まで改まって不便をしたことはなかった気がする。
気付きを得れば、同じ物体としても異なった見えかたをする瞬間があるものなのだ。尤も今回に限れば狂いがあるのは己の目であったものだが。
色葉は己の思考のなかですら断りを入れてしまいそうに考えていたが、しかし、その瞬間や経験を共有する先がなければそれは消えものの感動に過ぎず、興味は五分と持たない。
眼球という一括りの器官から伝達されるそれが夢ではなく現実であると気づくまでのわずかな間だった。
どれだけ人生経験に不足があったかを計り知れないほどにこの生は新鮮といえるものであったが、この感性でそれを持続させ続けることは不可能に近いことと同じだ。
仮に納得するまでひとつを突き詰めていたら、きっと眠る時間ですら惜しいものと思っていただろう。そしてひとつに結論が出るまで夢中になる生活が延々と続くどころか、日ごとに増えていく速度を想像するだけで恐ろしいものになる。
 熱しやすく冷めやすい状況も見ようによっては状況に寄り添った感性の産物なのかもしれない。
そう思いながら壁際の大きな振り子時計に視線をやれば直に十五時を回る頃だった。
目を瞑ってから今しがた目覚めるまで、ざっくりと見積もっても四◯分までは経っていない計算だ。
仰向けのそのままで首を伸ばし、逆さまの振り子が往来する様をじいっと眺めている。
当然のことながら時間が早まることも、逆に遅くなることもない。むしろ時間が正確に刻まれている姿をまさに可視化した存在を見つめているというのに、寝ぼけ眼では己の意識だけがより間延びして経過する時間を生きている錯覚に陥る。
 あまりの静けさに自分以外には誰も居ないリビングは、隅の方から冷えが這い出てくるようだ。
中途半端になった眠りのせいか身体がどんよりと重たい。関節は内側から響いてギシギシと痛み、同時に窮屈さを感じる。
しまいに肩には錘が縋ったまま凝り固まったかのようだった。
まるで返しのついた針を微睡みに引っ掛けられて釣り上げられたかのような身体を驚かせないためにゆっくりと首を反対へ向け、追従する波の動きで身体の寝返りをうつ。
 窓の外を見ると、秋という季節柄か、太陽は僅かに傾き始めて既に地上には翳りが見えていた。
腕を広げたような雄大な木の影が伸びていく。
ゆっくりと瞼を閉じ、再び開く一瞬のあいだで白銀を思わせる白衣が翻る。
不安に思っていることを無意識の底から言い当てられたかのような瞬間に心臓がドキッと跳ねた。
色葉は息を吐きながら手をつき、顔の前でうっとうしく垂れ下がる前髪を避けながら起き上がった。
日付を跨いでから、これまでに國枝は一度も姿を見せていない。
 まさか、部屋で倒れているのではないだろうか。
 日が短くなる一方の季節だ。
体感するよりも実際は早く、そして多く刻まれているであろう時間という概念は、想像よりもずっと地球は回っているということになる。
それに加え、ひとりひとつの個室という最後のパーソナルスペースにルールを設けて遵守することを彼は日ごろから必要な線引きと語るが、今は非常事態に近い。
昨日の事情を考えても、一度や二度くらい扉の前から声をかけても罰は与えられないだろう。
そう結論づけると、色葉は慣れ親しんでいたような気がする文化に則った結果として脱いだ靴を履き直すこともなく急いで立ち上がった。
 足取りは彷徨う様子でありながら行く先は明確である。
進んだことのない方向ではあるものの、家は玄関に立ってほとんどシンメトリーに見える構造である。
故に、不安を拭い去ることは出来ずとも迷うことなく色葉は進む。
想像とほとんど一致する構造をした屋敷の突き当りには、その"ほとんど"には該当しない佇まいでドアがひっそりと存在していた。
部屋の並びは凡そシンメトリーの構造であるが、それは豪奢であるらしい書斎に間取りを半分以上取られたかのような帳尻合わせの小部屋だ。
生活のためというよりも一部の本をしまう書庫や管理部屋といったほうがよほど納得のいく、今にも隣り合っている書斎に存在をかき消されてしまいそうな心細さがある。
 強いてそれが生活に馴染んでいるとすれば、上部の覗き穴程度として四角形に切り取られた箇所へはめ込まれたステンドグラスが洒落ていることだ。
廊下の光を取り込み、決して派手ではないが磨りガラスを思わせる半透明の細工が淡く発光している。
細工は色のない半透明が面積の多くを占め、色ガラスはアクセント程度に組み込まれている。交差する鉛線によって描かれる曲線が愛らしく全体の雰囲気をレトロ風に仕上げているのだ。
どちらかといえば素朴といえるシンプルな造りをしているが、しっかりと役割を果たしているようで室内を窺い知ることはできない。
例えるならば、夜中に照明がついているかついていないか程度のことしかわかりそうにもなかった。
ガラスの細工を見つめながらも、まだ日があるというのに未明のようなもの悲しい暗がりがはびこる廊下で、ドアをノックしようと持ち上げた腕の重力に耐えかねている。
 一言目はどんな言葉がよいのだろうか?
 無意識に唾を呑む。
『おはようございます』、『寝坊ですか』、『目覚めてよかった』。『気分は?』。『お怪我の具合は?』。
それとも、とくには気にしていない様子を装い『食事を作るので一緒にどうですか』とでも言ったほうが自然に聞こえるだろうか。
無難ながら漠然とどのようにを聞いても國枝から返ってくる言葉が同じなのではないかと思えた。
もし、下手な言葉で妙な雰囲気になってしまったら、いよいよ自分の言葉は語彙を失うだろう。臆病が首をもたげると色葉のなかでたちまちいやな囁きをする。
 ならば待てばいい。彼が起きだしてくるのを大人しく待てばいいじゃないか。
それは、どうしようもなく正しい言い分だった。
 靴を履いていない自身の足元であるチャコールグレイの靴下姿が失礼に値しないか、という意味のないことが急に気になっては唇の端を舐めた。
小さく呼んで返事がなかったら、リビングでもう少し待とう。また改めて、本当に安否が危うい様子だったら確認しに来ればよい。
意を決して発した声は、色葉自身が想像した以上に小さく、呟くようなか細いものだった。
「せ、先生? あの、その、ええと、ご無事でしょうか?」
 上ずった第一声が喉にかかる音を不安定にし、言い切ってすぐに咳払いをした。
恥よりも声掛けよりも先にまずノックをすべきだったかもしれない、と、思うも時すでに遅し、である。
沈黙。
正確には、中にいると仮定される人物にしては返事が遅い。遅すぎる。
 やはり選択を誤っただろうか? それとも本当に國枝先生は倒れている?
 のっそりと緩慢に浮かび上がる不安は何度も沈めてきたはずだ。
しまいには、なんだって言葉を繕ったとしても精々のところお節介がすぎるだけなのだ。領域から足が出たことはあったかもしれないが悪いことではない。
彼が心配であることに付随してくる思考が何であれども、自分は國枝という人間が心配なのだ。それだけで少なくとも正当性のある行動だ。
不安のかわりに言い訳じみたことを一所懸命に巡らせながら、色葉は動作の途中らしさそのままに固まっていた身体へ意識を戻し緩く曲げた指先を揺らした。
再び構えて据えた指の背が化粧板を弾く前に、ドアノブの内側に機構として組み込まれた金属が上下に連動してガチャリと鳴る。
そしてドアが一人でにスス、と動いた。
 慌てて一歩下がる色葉に対し、ドアはすうっと小さく引かれただけで胡乱な隙間を広げているばかりだ。
意を決した色葉が改めてその沈黙を破ってやろうと思うと、開いたドアの隙間からはちょうど影の濃淡ができて國枝の茶褐色の瞳が様子を窺っていた。
青く薄い鉱石の剥片の重ねて灰色じみた不思議な瞳をしている。ぱっと見れば灰がかった茶色に見えるが、光の当たりようで色素の一部が薄く霞んでいるのだ。
彼の掴みどころのない部分や正体の曖昧なかたちや、どこか仄暗さを思わせる言動がいやにそれらしく見えることの答えなのだろう。
改めて直面すると息を呑んでしまうのだ。そしてこの状況であるとすれば、彼は何を待って黙っているのだろうかという疑問も当然のこと存在している。
そう考えると色葉は用意していた言葉全てが思い出せなくなって、同時に目の前にいる彼のちぐはぐがなぜ繋ぎ合わせてしまえているのかということに気付きを得た。
 胸中を焦りに塗り替えられながらもよく見れば、目尻へ向かって僅かに上がる涼しげな猫の目に普段のような覇気はない。
顔は紙のように白く、目の下に居座った隈が薄くあるせいで目頭の乾燥による皺が見える。ひげこそ伸びていなかったが、眼窩や鼻梁や、頬骨による凹凸は、やつれたかのように影の濃さを助長していた。渇いている。くすんだ色をわざわざ選んで並べたてたかのようだ。
その印象を抱いた通り、纏う胡乱な影は彼を普段通りには見せなかった。まるで別人と言われたほうがしっくりくる。
 色葉はなるべく動揺を見せないよう努めていたが、先に口を開いたのは國枝だった。
言葉の頭が気だるげに掠れていて一部の音が聞き取りにくい。
音を逃さず、より近くで聞き取ろうとした色葉がわずかに身を屈めようとする。
その機微を汲み取っては國枝が咳払いをし、乾いた喉を何度か鳴らした。都度に音が揺れて、ハスキーな質で上辺を触れる様から優しく聞き慣れた声が戻ってくる。
物腰の柔らかいと聞いて想像するそっくりをしながらも、時に掠める音がしっかりとした男の声質だった。
「……すまないね。驚くことに、本当につい先ほどまで眠っていたんだ。昨晩は考え事をしていてね。いま身支度を終えるところだよ」
影の気配が遠のき、代わりに化繊のシャツが滑る衣擦れの音が微かに聞こえる。
「急ぎの用でもあったかね」
「いえ、その、倒れていたら大変だと思って」
声の調子を疑問に思い、國枝が再び小さく開いて見えない壁を守る隙間からその顔を覗き見た。
申し訳なさそうしつつ忙しく目を泳がせる色葉を訝しんでいた國枝であったが、それこそ自分がきちんと出て行かないと目の前の人間の憂いが晴れることはないであろうことを自覚するには充分だった。
「ああ、気遣いをありがとう。せめて顔を洗いたいから先にリビングへ戻っていてくれるかい」
言い切ってドアから離れかけるが、昨日の出来事に動揺しているのは自分だけではないのだと思い直して色葉への言葉を付け足す。
「驚かせてしまっただろうな。しかし流石にもう起きるし、確かに疲れているけれども健康の範疇だ。だから大丈夫」
「……はい」
 眉を下げ、幼子に言い聞かせるかのような声色で國枝は曖昧な笑みを浮かべる。
その様子を見た色葉はあとでショッキングな事実でも判明するのかと恐れ慄き、身構えた。
反射的にそういった想像を巡らせたが、呼吸ひとつぶんを置けば理解する。
いまの仕草はどんな贔屓を差し引いても、彼が自分自身のために行なったものではない。
相手である、つまり、今でいう自分に向けて繕いなおしたのだ。
言葉の行き違いを極端に恐れているのは國枝も同じだったのである。
昨日の今日で互いが互いの扱いに困っている。
 そういった思考を巡らせるうちに、すっかり言葉をやりとりするための機を失ってしまうのだ。
今は何を言っても複雑に存在する感情に返すための形にはならない。
申し訳ない、と、いう気持ちが錘のようにのっしりと居座り、吊り下がる自重で息が詰まる。
 色葉にはすごすごと廊下を引き返すほかなかった。何も言うことは出来なかった。
 ホールまで来て廊下の奥を振り返る。
質素で小さな硝子窓が返す光は色葉の目には遠く、とても認識できるものではない。
心細くなるような不安を改めて思い知らされ、小さく頭を振った。
疲労の頭痛か、振り乱した頭部のかき混ぜられるかのような衝撃に付随した痛みか、鈍いそれがあたかも最初から居座っていたのだと嘯いて疼く。
頭がぼうっとする。
「……ああ、そうだ。私も、着替えておかなくては」
 皺だらけのシャツでは恰好がつかない。
身だしなみがなっていないとも思われたくないのだ。
 せめてそれくらいは当然のようにできていなければ、いよいよ図体ばかりが大きくかわいげもない"お荷物"になる。
 色葉は自身へ奮い立たせる感情と不甲斐なさをないまぜにしながら階段を上がり、自室として使用している部屋に入った。
視線を僅かに上げるとクローゼットに触れるより早く、目に強い光が触れた。
傾き始める太陽の光が雲間から覗いて網膜に刺さり、チカリと翻るのだ。
 一瞬で脳天をついて眩んだ光を和らげるため、日の角度に合わせてレースのカーテンを引くべく、微かに甘い匂いの立ち込める部屋の窓際に寄る。
ため息を吐いてから先へ目を向けると、ふと窓の向こうで小さな庭と白いガーデンテーブルが目に入った。
庭は國枝がやたらとこだわりのあるらしい手入れに精を出していたが、タイル敷きと庭の外である境界は未だ一部を混沌としている。
時期が悪いこともあるが、禿げた地面が見えるといよいよ暮れる季節を思う。冬に鮮やかな一面を見せる品種や四季咲きへと改良された品種も世にはあるものの、長らく最低限の状態で放置された場所では語っても仕方のないことだ。
 前までの住人から持ち込まれたであろう秋の花のうち生き残っているひとにぎりは混沌の中でも淘汰されず、小さく咲いてはいたものの肩身が狭そうだ。
それが手伝って境界はより曖昧となり、元より自生していたようなその他大勢の雑音として区別のつかない草木が続いて繁茂している。
 なにが良くてなにが悪いかということすら判別がつかない。
仮に、庭の善し悪しの話だ。
そうでありながら、あるがままのその様を美しいともいうらしい。
美しいと思うか美しさはないと感じるかということは個人の価値というものに依存するが、色葉は圧倒的に後者へ天秤を傾けていた。
 漠然と何かを評価する際に正しく整ったものこそ美しいと色葉は考えるが、同時に、よく己の頭の中を悩ませる元凶のひとつでもである國枝はきっと自分とは異なる考えを口にするだろう。
と、いうことまで考えていた。
國枝との会話を重ねることで正しさだけが美しくはないことは理解をしつつある。
そして彼の言わんとすることは調和を大事にしつつも選ぶ自由を忘れてはいけないということだ。価値を押し付けるわけではない。
故に、自分と彼の抱くであろう考えの違いを不必要に悩まなくて良いのだ。
選択肢はいくつもあるはずなのである。
それこそ、庭の美しさの肯定も否定も、自由だ。選び取った選択にも、選ばれなかった選択にも正解はない。
それでも色葉は胸にもやのかかるような気持ちに苛まれるのだ。
自身の中にうっそりと在る、火を踏み消すような感情から目を逸らせないでいる。
 この外界と切り離されて眠り続けるような生活を象徴するこの庭だけは、どうか完璧でなくてはならない。
自分が美しいと思うものを國枝にも同じように感じてもらいたい。
それに、國枝の考えることの仕組みを理解して彼を知りたい。
幸福を幸福たらしめて共感してほしい。
 恐らくのこと、それは押しつけがましくて恥ずべきことだとも感じるからこそ靄は重く広がり、煙るのである。
"完璧"である"美しい庭"を渇望する仄暗い欲が大きな窓の内側に反射しているかのように感じられた。