目の前の体躯が動かなくなり、色が抜けていく様を見て伊三路は安堵した。
いつの間にか口の中に入っていた砂混じりの埃を唾と共に吐き捨てる。
そして座り込んだが、この後に合流する祐にうっかり知れたら白い目で見られると思うとすぐに手をついて床に身を乗り出した。
 ポケットをまさぐり、道端で配られていた広告入りのポケットティッシュを取り出すと、丁寧に床を拭いたのだ。
もちろんのこと、自ら汚したものをふき取る以上に元よりの汚れで黒ずみのほうが目立つそれを丁寧に丸める。
手はとうに汚れていたが、気に留めることもなく頭頂部よりも手前の辺りをさすりながら呟く。
「天井に叩きつけられた時は焦ったなあ。うう、いてて。たんこぶ」
確かめて触れると鋭い痛みと共に肌が粟立つ。
戦闘による興奮で誤魔化されていた痛みが今に現れてくると悶絶して涙を浮かべたが、それでも打ちどころはまだよかったほうだと再確認した。
同時に騒がしく鼓動を打つ胸を落ち着かせながら、今回も大きな被害を出さずすべて終わったと何度も言葉で己に知らしめる。
わざわざ口に出しながら漫然として天井で抉れた壁材を見つめていたのだ。
 改めて天井を見る。蛍光灯に当たらなくてよかった、と伊三路は同時に天命に与えられたとでも言いたくなるような偶然に感謝をした。
パイプ椅子を取り戻すために叩いた後も皮だけのように繋がっていた脚は先を天井に突き刺したままだったのだ。
放り投げたバールがうまく当たってその角度を変えればすぐにでも落ちるようにぶらついていたのである。
少々の"ズル"はしたものであるが、伊三路は誰に釈明する必要もないために黙っていた。
 蜘蛛による最期の悪あがきで一人の男子生徒は吊るされた状態から落下していたが、血の出るような怪我はないらしい。
未だ逆さ吊りの生徒を無言で見つめると伊三路は再び立ち上がり、持ち出してきたパイプ椅子を開く。
座面の強度を十分に確認し、その上に乗りあがると丁寧にひとりずつ下ろしてなるべく埃の溜まっていない一角に並べ始めた。