平行線を描き、ただ境界を引くだけの日々が延々と続いている。
無感情に繰り返すだけ。
正に惰性そのものと語って違いない。
"平和"というその形容を恣に、間延びするのどかさが続く田舎町で起きたとある事件を皮切りに"怪異"と呼ばれるような現象が起こり始めた。
人間による、人間のための、人間が健全に永劫繁栄するために秩序を強いてきた地を主観として表と定義したとき、人間の知り得ぬ"裏側"で蠢くものが居る。
全ての物事は紙のうえ一枚に存在しているわけではない。仮に例えて、その紙ですら表裏が存在するのである。
故に、対に存在するものたちを断定して否とすることは容易ではない。
存在しているのだ。目視すら出来ぬほど曖昧に、そうでありながら確かに。
 定義した場所と同じくして情報を共有し、表裏一体として存在する空間に突如として引き込まれた結崎祐は、見知らぬ者に命を救われる。
それは狩衣のような白い装束に飾り紐を結び、袴姿の和装をしている――異形の生物に襲われた先で初めて見る"己と同じくして人間の姿形をしている"少年だった。
少年の助けを借り、異様な空間を脱した祐はその経験を知覚しながらも言い聞かせるようにして思考する。
白昼夢と表すことすら憚られるほど、馬鹿げている。
くだらないことだ。まるでフィクションの中の出来事だろう。
だが、少年の言動や非日常の語り口にこそ、何かを期待したい自分が居るとしたら?

 便宜上の定義として裏側といもいえる空間から脱出した祐は、その日の出来事を二度と己に関わらぬことであるとして忘れようとしていた。
砂の下で燻った熱が煙も立てないままで、地はいつの間にかその熱に覆われていた。
それをよそに、あの空間で祐を救った謎の少年は茅間伊三路と名乗り、何食わぬ顔で――誰もが疑わぬままでありながら、それでいてどこか不自然な形で祐の所属する二年C組へ編入してくる。
 にわかには信じきれぬ出来事を紛れもない事実であるとして地続きの今日を語る伊三路はよく表情を変化させてからからと笑っていた。
四季をめぐる木々の色彩を表情として僅かに変化させているのだ。
時に春に芽吹く若葉であり、時に命を燃やす深い緑であり、そして暮れに憂いとする赤色の様相を孕んでいる。
さざめく木の葉のような色彩を放つ瞳を細め、視線は影を貫いて縫い留める。そして極めて感情を薄くすると口を開く。
指先のわずかすら動かすことの出来ない祐をただ静かに眺めていたのだ。
「これからこの町では多くのおかしなことが起きるだろうね。あれは普通ならば縁をなくしては繋がることができない。故によく執着をするいきものだ。そしてきみは表裏一体の理に他人より一歩近づいた。きみの思想自体がうまい餌でもある」
少年は言葉を続けている。
これから結崎祐という人間を狙い取り巻き、命を奪わんとして起こりうる怪異からその身を護ってみせる、と半ば一方的な約束を持ちかけた上で謎の少年・伊三路は訝る祐に一つの要求をする。

おれと、"ともだち"になってほしいんだ




登場人物
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